余計なお世話だろうけど補足:
キーシンが評論家から評価されない理由は、ショパンにしろ何にしろ
曲の解釈の際、作曲家本人の個性・心情・背景を客観的にとらえて表現するのではなく、
自分を作曲家本人とすり替えて疑似体験した感覚で解釈しているのが少々問題かと。
すべてが強烈なキーシン色になっちゃうんだよ
だから、例えば、いわゆる、繊細なショパンらしさを求めている観客には
なんじゃ、あのショパンは!全くショパンらしくない、などと言われてしまう。
ベートーベンもしかり。