◇巨匠カール・ベームと共に◇
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0303名無しの笛の踊り
2011/11/30(水) 13:38:48.51ID:AKhCSAav>>298
過去スレに書いたのは私です。再び書かせていただきます。
★ベーム 読響1979年 幻の客演の真相
「レコード芸術」1979年2月号か3月号に[読者の広場]の投稿に
ベームに手紙を出して読響への客演を確かめたというSという人の投稿があった。
ベームからSという人への返事が「いかなる日本のオーケストラへの客演は無い」といったものであったため読響の客演キャンセルにサギ疑惑が発覚した。
それに対して読響は「レコード芸術」1979年4月号か5月号にベーム客演の正規の契約があった旨の反論声明文を載せた。
その内容は1977年3月12日にベームのマネージャーとパリで契約したというものであったため読響への疑惑は更に深まった。
何故なら契約をしたという1977年3月12日にベーム本人はウィーンフィルと日本へ来日していてNHKホールでコンサートがあった日であったからだ。
読響の言い分が正しのであればベーム本人のいない所で契約された事になるが、
ベーム本人が日本へ来ていたのに同日にパリで契約というのは有り得ない話だ。
その時点で読響は2年後の1979年にベームへ客演をお願いするのなら、
ベーム本人が日本へ来ているので日本で契約交渉するのが当然であろう。
しかも読響はベームのキャンセルの理由を1978年ザルツブルク音楽祭期間中に心臓発作を起こしたためと発表した。
しかし1978年ザルツブルク音楽祭でのベームは元気でありウィーんフィルとのコンサート2回と「ドン・ジョヴァンニ」を何度も指揮している。
その後この疑惑への釈明や回答が読響から再び正式に表明される事は無くウヤムヤにされてしまった。
読響の言い分がウソであった事は翌年の1980年にベームがウィーン国立歌劇場と無事に再来日した事で証明されてしまう事になってしまった。
当時の三流オケ読響がベーム本人のいない所で マネージャーと名乗る人間にダマされたというのが真相といって間違いないだろう。
その後この事をウヤムヤにしてしまった読響がファンに充分なお詫びをする事は全く無かった。
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