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クラシックで紐解く世界史

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0001名無しの笛の踊り2011/08/18(木) 07:26:04.93ID:HmNVzBpl
名曲が生まれるとき、歴史は動く。
ヴィヴァルディは皇帝に協奏曲と〈機密情報〉を提供した?
ベートーヴェンのパトロン遍歴と国際政治力学の関係は?
ロッシーニは独立義勇軍からケチ呼ばわりされてイタリアを捨てた?
クラシック音楽を、各時代における政治力学、王侯貴族間の人間関係、国家の経済状況、革命や戦争などの大事件といった外的要因からみることによって、
現代に残された数々の名曲に秘められた真実の歴史を読み解いていきましょう。
0002名無しの笛の踊り2011/08/18(木) 07:58:39.23ID:yzAobgSt
もちろん全部ユダヤの陰謀です.
0003名無しの笛の踊り2011/08/18(木) 09:55:27.47ID:8aNxId7D
三味線は本当にヴィオラが祖先?
0004名無しの笛の踊り2011/08/19(金) 20:13:03.31ID:ol+/c3E7
やはりヨーロッパの伝統音楽については、フランス革命の影響を抜きにして考える事は不可能でしょう。

絶対王政から共和制へ…
音楽も次第に、芸術的なものと大衆的なものが結びつけられて行きました。
0005名無しの笛の踊り2011/08/19(金) 22:36:49.12ID:FX0jADDi
「皇帝」は「ナポレオン」という曲名の予定だった
0006名無しの笛の踊り2011/08/21(日) 11:07:05.65ID:3AyNO+MI
先生!カルミナブラーナは13世紀に入りますか!
0007名無しの笛の踊り2011/09/17(土) 17:49:41.27ID:/cxM7N8x
モーツァルトはヨーゼフU世と仲良かった
0008名無しの笛の踊り2011/09/17(土) 21:33:23.34ID:057hZLF5
>>1
西欧偏重の史観は時代遅れですよ
0009名無しの笛の踊り2011/09/18(日) 00:26:29.35ID:GZXsMDaj
出雲の阿国の歌舞伎(女歌舞伎)が1603年
モンテヴェルディのオペラが1607年
東洋と西洋で、ほぼ同じ時期に演劇に歌と踊りを加えるジャンルが生まれたのは面白いね
0010名無しの笛の踊り2011/09/18(日) 19:43:00.23ID:/GCq9bF+
「会議は踊る、されど進まず」で有名なウィーン会議では、
毎夜、どんな曲で踊ったんでしょうね。
まだシュトラウスはいない頃じゃないでしょうか。
今、クラシックで踊りといったら猫も杓子も「ワルツ、ワルツ、ワルツ」って
一般の人は思うらしい。
私が高校生の時読んだクラシック批評本には、
「日本人は田植えのリズムである二拍子が、西洋では三拍子がおなじみで、
これは両国のDNAにしみ込んでいる。この二つのリズムによって、
西と東の気質が語れる」なんてトンデモな本がありましたが。
あくまでワルツっていうのは、十九世紀の一時代、それもウィーンという
都市を舞台とした局地的、ローカルなモノなんじゃないでしょうか。
アルマンドもあればポロネーズもあるし、ガボットもあり、ジーグもある。
三島由紀夫の「鹿鳴館」には、レコードの楽曲を選ぶシーンがあって、
「さあ、どうぞお選びください。ワルツでもポルカでも」っていうセリフが
あったと思いますが、文豪とはいえ、音楽音痴の三島らしいたわごとですね。
まさに近代日本における洋楽受容の宿業である、ドイツ(オーストリア)礼賛の
賜物ですものね。
0011名無しの笛の踊り2011/09/19(月) 00:28:46.10ID:qYFFAfiF
踊るならメヌエットじゃね?
0012名無しの笛の踊り2011/09/21(水) 13:08:06.30ID:P70f+AbN
素朴な民謡ほど、拍子という概念が薄らいでいく。変拍子が多くなる。
0013名無しの笛の踊り2011/09/21(水) 13:36:52.85ID:/R3p/Dmw
三拍子の曲はワルツとメヌエット以外にもサラバンド、ボレロ、マズルカ、シチリアーナ、
パッサカリアといっぱいある。
日本人は三拍子の曲が苦手というのはたぶん事実。オケをやってればよく分かる。
西洋人が二拍子を苦手とするということは別にないけど。
0014名無しの笛の踊り2011/09/21(水) 13:55:12.00ID:keWWlFlE
2拍子は人間が歩くリズムだから、地域を問わず馴染みがあるんだろうかね
0015名無しの笛の踊り2011/09/21(水) 14:02:45.54ID:FkO6VUud
かのバヴァリアの狂王ルートヴィヒU世が職務そっちのけで耽溺したのがワーグナーであった。
0016名無しの笛の踊り2011/10/21(金) 01:11:36.11ID:HM4B7u8P
歴史の影にクラシックあり
0017名無しの笛の踊り2011/10/21(金) 05:24:26.03ID:NMZnMJyc
ヒトラーはワーグナーの音楽を悪用したというのは勝者の書き換えた歴史。
実は、誰よりもワーグナーを理解していたのがヒトラーだった。
0018名無しの笛の踊り2011/11/28(月) 21:16:10.44ID:3erbkeqw
ベートーヴェンとフランス革命との関係について教えてください
0019名無しの笛の踊り2011/11/28(月) 22:15:50.95ID:VlOMxB6m
>>18
仏革命が挫折したときに、ベートーヴェンは「戦争交響曲」で珍しく大儲けした。
0020名無しの笛の踊り2011/11/29(火) 00:02:32.59ID:BRt/iUQ6
>>17
理解したうえで悪用したんじゃないのか
0021名無しの笛の踊り2011/11/29(火) 00:09:07.30ID:9FGDBDye
>>18
『フィデリオ』初演の時、客の大半はドイツ語を解さないフランス兵だった。
0022名無しの笛の踊り2011/11/29(火) 00:09:23.25ID:RVLqC6OE
アジア系遊牧民→軽装騎馬隊+歩兵隊→軍楽隊→ウィーン包囲
→アラビア・コーヒー→コーヒー・カンタータ→イ長調トルコ風
→3楽章コルレーニョ→後宮からの誘拐→ベトベン・トルコ行進曲
0023名無しの笛の踊り2011/11/29(火) 07:35:11.56ID:jz4UTIWA
>>17
ゲッペルスの演奏会評論なんか実に分かりやすく、引き込まれる。
0024名無しの笛の踊り2011/11/30(水) 21:28:45.69ID:SZi+8zUU
誰かナチスとカラヤンについて語って
0025名無しの笛の踊り2011/12/03(土) 00:02:05.86ID:3HdJrT+m
>>18 >>21
当時フランスには政治的な主題によるオペラ、いわゆる「救出オペラ」の
流行があり、ベートーヴェンも大いにその影響を受けている。
(もちろん音楽語法そのものは彼独自の個性であるが。)
例えばケルビーニの「水運び人」(ケルビーニ自身はもちろん生粋ではなく、
隣の半島(?)からの帰化人ですが)
ちょうど日本で幕臣の学者の語学力が明治政府での近代化に欠かせなかった
ように、フランス革命の前後でニ君に仕えた音楽家は沢山いました。
やはり中心を貫くキーワードは啓蒙思想ですね。(日本でも)
0026名無しの笛の踊り2011/12/05(月) 18:20:44.11ID:aVs98vkD
ドイツなんかで教会とコンサートホールでお客の奪い合いをしていたって話聞いたことあるんですが、本当ですか?
0027名無しの笛の踊り2011/12/05(月) 20:00:42.16ID:Io8mrTq1
戦中戦後は一般的な編成がままならない中での工夫が見られるよね
ストラヴィンスキーの兵士
メシアンの四重奏曲
オネゲルのジャンヌダルク
0028名無しの笛の踊り2011/12/05(月) 20:05:16.70ID:Io8mrTq1
1812年とスラブ行進曲のシェバリーン版も忘れちゃいけない
Dover社のスコアがシェバーリン版のときもありましたね
0029名無しの笛の踊り2011/12/05(月) 22:55:28.29ID:ieyAf6BH
中国のピアノ協奏曲「黄河」
オリジナルではフィナーレに「インターナショナル」が派手に響くが
現在の版(NAXOSの録音など)では和声はそのままで、メロディーが
浮き上がらないようにオーケストレーションを変えている。
ただし、文化大革命の時の録音とピアニスト(殷誠忠)はおなじ。
0030名無しの笛の踊り2011/12/06(火) 06:37:06.13ID:GpP0D26t
小澤/BSOの「草原の小姉妹」(PHILIPS)裏面のリストを弾いたピアニストは
文革で粛清されたらしいな。
0031名無しの笛の踊り2011/12/07(水) 00:16:39.72ID:mwIBQkel
満洲國のオケも実際は裏で現代まで繋がっているみたいだし・・・・
君が代の編曲(和声付け)をしたエッケルトは、日本の仕事を辞めたあと
朝鮮に渡って李王朝の宮廷指揮者になった。
フー・ツォンの最初の先生は租界時代の上海交響楽団指揮者のイタリア人だった。
文革前の中国には沢山の東ドイツ人やチェコ人の演奏家が教えに来ており、
彼等なくしては現在の高水準はなかった。
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