家庭交響曲は、結構難しい。派手にやると「宮廷交響曲」や「ストリップ交響曲」
「になってしまうのでは?ボーシチのアプローチは、中庸で派手さはないけど、
「家庭」ってそんなもんじゃないのかな? 人間の営みには「ハレの日とケの日」
があって、誰も、ボーシチの演奏会を都響のハレの日だと思わない。
だけど、インバル月間の凄まじいエネルギーとは、全く違う、手堅く丁寧で
意図的に中庸を保った、いい仕事だったと思う。

それから、マスだが、普通の人が「1000円で、世界一が聴ける!」と思うかな?
もし内田光子がハーゲンQにウィーンフィルのコントラバス連れてくるようなマスは
1万円するでしょう?私は、都響の若い人たちが3軍とは思わない。都響のクラリネット
の末席がN響の首席になるくらいだから。ますはどのようなアプローチでも楽しめる。