倚音(非和声音)によって増4度がもたらされる場合とそうでない場合はその意味合いが違いすぎるよ。
それとバッハの場合は器楽曲ということもあるし、バッハの平均率は「学習フーガ」ではない。
基本的にエクリチュールは厳しい制約がある中で実施するからこそ身につくものと思うけれど。
(ラヴェルも似たようなことを述べていたような記憶がする。)
バッハの平均率で例があるから学習フーガもOKというのでは何のための学習フーガかという気がする…。