>>233
>公理も公理系も経済性も無矛盾性も数学の概念であって
確かにこういった概念は20世紀に数理論理学の発展にともなって
明確化されたものだと思うけど、なんらかの理論をつくる上で、
その理論の原則とされるものの中に、他のものから導かれるものが
含まれているべきではないということは、太古から当たり前じゃないの?

それに実際のところ「公理」という言葉を使っている以上、ブルバキとか、
20世紀に確立された公理ー演繹スタイルを意識して書かれたと思う。
数学以外のものに公理という言葉を使うのは本来おかしいかもしれないけど、
例えば、古典力学はニュートンの運動と万有引力の法則を公理とした体系として
記述されると思うし。
想像だけど、もともとクラシック音楽の伝統がない日本で新しく和声学の理論書を
作るにあたって、そういったものを目指して非常に現代的な発想で作られたのでは?
という気がする。

物理学は実証科学であって、実際ニュートンの法則は厳密には正しくないことが
現在では分かっているけど、それでもニュートンによる諸法則を公理とする
古典力学の体系は理論体系として揺らぐわけではないし。
で、そのような古典力学の本の中で、例えば力学的エネルギー保存の法則を
「公理」として扱うことが許されますか?ありえないでしょ。
なぜなら「公理」である運動方程式を積分して導かれるんだから。

そういう現代的なものを目指したのなら、中途半端なことは良くないでしょ。

あと>>210について、今III巻が手元に無いから分からないけど、配置に関する公理、
進行に関する公理とかでA、B、C…とか分類されてて、それぞれに数個ずつ
公理が載ってるから全部あわせると公理はけっこういっぱいある。