>192 (つづき)
芸大本は規則(=公理)をたくさん羅列する一方、なぜそのような規則ができたのかという説明がほとんど無いという、ある意味ひどい本だと思ってます。
それでも、大抵のものについては理由は分かります。
例えば、連続8度や連続5度が起きたら各声部の独立性が薄くなってしまうし、対斜が起これば不自然に聞こえます。
ところが、「限定進行音の重複の禁止」の公理については、なぜそのような公理があるのか私には分からないのです。
私が考えられるもっともらしい理由は、「もし限定進行音を重複してそれぞれを限定進行させれば連続8(1)度が起こるから」というものですが、それならば他の公理から導かれるものであって公理とするのは不適切です。
そして、限定進行音を重複させても限定進行以外の進行をさせれば、他の公理には違反しない進行が可能になります。
私の>>164の作例は、そのことを例で示すために作っただけものにすぎず、それを審美的な観点から議論・擁護する気はもとよりありません。
それで、この例の外声5度が、とかそういう問題ではなく、「限定進行音が重複していること」それ自体の、一体何がいけないのですか?
そもそも2つの和音を繋いだだけのものの音楽性を論じることは不可能です。
それは、バッハの曲から、当該の和声進行の見られる1小節を前後の流れから切り離して取り出してもその音楽性を論じ得ないのと同様です。