【和声法】クラシックの音楽理論12【対位法】
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0200名無しの笛の踊り
2011/08/15(月) 17:32:11.50ID:WYuw/3sh互いにいいたい事はわかるんだけど。
この場合たしかに和声学に”公理”使うのはやりすぎな感は否めないな。誤解を生む。
ただイメージとしてならわかる。ある音楽理論体系のイメージを元に使っているであろう事も想像できる。
使いたかったんだろう的な事もわかる。
「公理≒禁則」や「公理⊃禁則」のようなイメージで書いてるんだろう的部分、それを前提に読めばいいたい事はわかる。
いかにもプログラム書くような人の書き方だわねw
心得のあるものなら、逆に意味は伝わりやすかったりもする。(が、それをここで使う危惧も理解しとく必要はある)
ただ、どこまでが、本に書かれているものか、どこまでがここで書いている本人の解釈によって作られた自身の公理なのか釈然としない違和感。
つまり、前提であるべき"公理”の意味と、”後付けの定義付けならぬ公理付け"のような矛盾。
それは、多分”和声学”の公理でなく、、
純粋に数学的な意味から見れば、多分頓珍漢な語葉の適用にもなるし、、
あくまでもある特定の"教科書(または教義)の内容全体”を、
"体系"として置き換えてみた場合の、"公理"ってことが言いたかったのだろうか。
でもそれは"和声学の公理"などと言える物かどうか。
特定の先生の名の下に公理といってしまう、としても釈然としない。
そのことならば公理などと大げさに言わなくても、
書いてる事に破綻がない、とか少ないとか、しっかりしてる、くらいのことでいいんじゃないかw
そもそも、和声学の体系と和声自体の体系の混同が感じられる。
散文ならぬ乱文失礼
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