楽譜出版社が適当にオーケストレーションするのは当時わりと普通の慣習なんだけどな。
当時の楽譜出版社の経営者は音楽家も多かったから勝手にやるケースもあったようだ。
あれだけ自分の曲に煩かったショパンのことだから
オーケストレーションも自分でしたに決まってるって思うのは分かるが
ぶっちゃけショパンはあまり興味なかったみたいだよ。
学生時代に出された管弦楽の課題もルール無視でピアノ付きで作曲。
エルスナー教授に「自由にやらせなさい」と言わしめたほどだ。
その時生まれた作品がOp.2のラ・チ・ダレム変奏曲、Op.13のポーランド民謡による大幻想曲
Op.14のロンド・クラコヴィアク