>>279
ご承知のとおり、カルチェ・ラタンとはフランスの地名で、昔から多くの大学があり、
学生街として有名な地域。つまりは、学生街のことなので、駿河台・神保町あたりが
日本のカルチェ・ラタンというのは、言葉の正しい意味からはあながち間違いでは
ないんだけどね。

あの頃の日本は貧しかった。でも、今が豊かかと言われれば、これも疑問で
国力はずいぶん落ちて、あいかわらず貧しいのが現実。
そして国から夢と希望だけが失われた。

書籍とレコードと学生の街だったのが、書籍もレコードも廃れ、
学生は小子化でいなくなっちゃった。

平日の昼間にこんな文章を書く俺は、リストラ失業者(52歳)
今からハロワ行ってくる。