デッカが1959年1月にカラヤンと契約を結んだとき、他の契約指揮者たちは自分たちの得意なレパートリーを彼に奪われるのではないかと心配したらしい。
しかしカラヤンが最初に録音を望んだのが「ツァラ」だと聞いて、彼らは安心したという。この曲が珍曲扱いされていた当時ならではの、笑えるエピソードだ。
しかし録音を始めると『たちまち難題が生じた。ゾフィエンザールにはオルガンがないのである』。
カラヤンは別録りすればいいと気にしなかったものの、スタッフは条件の合うオルガン探しに苦労し、
ようやく見つけたオルガンもピッチを合わせるためパイプを加工しなくてはならないハメに。オルガニストの口からこの件が関係者にバレぬよう、
オルガンを弾かされたのはカルショーの当時の助手レイ・ミンシャルだったとのことで、これも凄い話。
さらに後日談があって、映画『2001年宇宙の旅』でキューブリック監督が選んだのは、実はこのカラヤン盤だったそうなのだ
。なぜかデッカがノン・クレジットを条件にしたため、カラヤンは激怒し、世間では「サントラはベーム盤」と誤解される事態になったのだった。