カラヤンはヨーロッパでは名声を欲しいがままにしたがアメリカだけは征服できなかった。

70年中頃にシカゴ響との録音計画も立てられていたが、立ち消えとなったしまった。

BPOとのアメリカ公演、メトなどで指揮もしたが、よくよくアメリカとは縁のない巨匠であった。