おそらくゲーテは何もかも感じ取ったのである。少なくとも、ベートーヴェンの和声的器楽の斬新で強烈な展開に熱狂し喝采していたベルリンの聴衆の耳より、遥かに深いものを聞き分けていたように思える。
妙な言い方をするようだが、聞いてはいけないものまで聞いてしまったように思える。
ワーグナーの「無限旋律」に慄然としたニーチェが、発狂の前年、「ニーチェ対ワーグナー」を書いて最後の自虐の機会を捉えたのは周知の事だが、それとゲーテの場合との間には、何か深いアナロジーがあるように思えてならぬ。

(中略)

二人とも鑑賞家の限度を超えて聞いた。もはや音楽なぞ鳴ってはいなかった。めいめいがわれとわが心に問い、苛立ったのであった。