小林秀雄『モオツァルト』を読む
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0151名無しの笛の踊り
2012/06/05(火) 20:23:55.38ID:Vv+BVr/E昭和二十年の夏、太平洋戦争が日本の完敗に終わると間もなく、私はそれまでのつとめをやめた。食べるあてがあったわけではない。
ただ、戦争が深刻化するにつれて毎日つのってきた想い、何時死んでも後悔しないような生活を送りたいという熱望、それに自分を全部投げ入れることにしたのである。
そして吉田は「毎日毎日、音楽のことを、音楽と音楽家についてのことを」売るあてもなく厖大な量、かきはじめる。
そういう時に、私は、小林秀雄の『モオツアルト』を読んだのである。
(中略) 小林秀雄は、つぎつぎと問題をなげかけ、なげすてながら、前進する。
問いは必ずしも答えを引き出さないが、読むものに、ある時は光を、ある時はショックを、ある時は喜びを、わかち与え、
ある時は停止を要求し、自分でさきを考えるよう強いる。
私は興奮し、何度も何度も、途中でやめたり、くり返し読んだりする。その間に、音楽が鳴る。
それもモーツァルトのとは限らない。(中略)
その少しあとで、私は有名な音楽学者に会った。たまたま、この『モオツアルト』が話題にのぼり、その人の口から、
「文章がうまいというのは得なもんだね」という言葉をきいた時、カッと逆上して、もう少しで食ってかかりそうになった。
それをしなかったおかげで、私は、長いこと、いろいろな人びとを軽蔑する病気にかかった。
ともかく、この『モオツアルト』は、私には啓示だった
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