親元を16歳で離れました。ウィーンに留まるためです。両親はドイツへ移りましたから。それは重要
な出来事でした。私にとって真の選択でした。その時、もし父親に従えば、 ピアノが上手く弾けるだけ
の、他人に害のない、上品な大使の娘にはなれる。しかし、決してアマチュアの域を出ることはないと
思ったのです。「よし。一か八かやってみよう。」危険を覚悟しました。少なくとも、プロの音楽家に
なる努力はしようと決断したのです。その意味も知らずに。周囲に音楽家がいなかったのです。