「日本で生まれたことで、おそらく私の中に自分でも気づかない
日本語の何かがわずかに残っているでしょう。それに、両親の言葉
である日本語を失うまいと、かつて意識的な決断をしましたから。
一方、音楽的な成長を遂げたのはドイツ語を話していた時期です。
それは自分にとって真の音楽教育でした。ですが私が愛した人々
、教師たちに勝る影響を及ぼした人々は第3の言語を通してもたら
されたのです。つまり英語を通して。」

       (フィナンシャルタイムズ2011/10/16)

日本語に関しては、ドイツ生まれロンドン在住の姪っ子さんの方が
社会における慣習的な日本語使用法をご存知だと認められています。