認識論を捨てないといけません。

認識論、すなわち見たものは事実とは関係ないという
現代物理学の走りは、古典を解釈する上で危険なのです。
認識がそのまま感情とリンクしていないといけないのです。
音を疑うことは罪といえます。
音を聞くことで、何のバリアもなく熱くなれる、これこそが
ベートーヴェンを理解する力なのです。

人間は思索という名の下、哲学という名の下に
音と感情、感動の間にストーリーを構築してしまう生物なのです。
ベートーヴェンの楽曲は、この2者を直接つなぐ回路の設計図であって、
後世の音楽とは桁違いに価値が高いのです。