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そうですか。私はピアノは日々弾いてはおりますが、とても「音楽にはなっておりません」ので、あくまで聴いて得たショパンの音楽を語るしか出来ない。

心が疲れた時はショパンがいい。癒されるんですね。「ピリスのノクターン嬰ハ短調・遺作」、ショパンはこれだけあれは今は十分だ。異論は百も承知。

ベートーヴェン(交響曲3番/7番/9番/ピアノソナタ・熱情)は、私には「充実感と感動の(つまり意志と感情の)」音楽(後期ピアノソナタ/弦楽四重奏曲は除く)である。ブラームス交響曲1番/3番終楽章しかり。

しかし、モーツァルトとなると、余程の覚悟が必要である。まさに言語化は不可能。自分が消え、耳が心と化して聴かねばならぬ程の精神状態を待つしかない。

ついでだか、「美が真らしきものに取って代わった」とは「美が真らしきものに取って代わられた」の意である。が、文体の美意識から敢えてそう書いた。賢明な諸兄はcontextから意は汲み取られていると思うが、念のため。


言いたい事は尽くした感がある。

ギレリス云々、どうぞお続けください。