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音大出のバカには分からんだろうが、
ギレリスのピアノのわざとらしさは底なしの空っぽなんだよ。
速めのパッセージのチョロチョロ、アダージョのふにゃふにゃ。
聴いている同級生が含羞んで面映い気分になるような芯のない中学生の演奏だ。

アドルノがヘーゲル弁証法の修整とともに行なった、ベートーヴェンについての
30年間のメモは出版の目的があったわけではない。
アドルノの成長とともにベートーヴェンに対する感じ方も変わっていったのだ。
これは極左から中庸化したバタイユ、もしくは新たな共同体を模索したブランショの
ように端倪すべからざる難しさでは決してない。

いわばギレリスの演奏はクンデラの『存在の耐えられない軽さ』であって、
レヴィナスやフーコーが目指したブランショの世界はまったく表出されないのだ。
そうはいってもベトソナに晦渋さを求める必要はない。
アンドラーシュ・シフの何気ない演奏を聴けばいいのだ。