津波も地震も存在しているのです。
ベートーヴェンピアノソナタも同じです。

主観ではありません、客観です。

これらは人間の主観の届くところではありません。
勝手な主観による解釈は、全て妄想と同類のものです。
過去にどう解釈されてようが、専門家が何を言おうが、
自然はそのはるか上を行きます。言語は無力なのです。
理性、深く注意深い解釈によってのみ、人間を津波から守り、
ピアノソナタの正しい解釈へと導くのです。


一方、菅直人の政治が存在するかどうかは、主観なのです。
指導力があるかどうか、正しい行いをしているかの解は存在しないのです。
これは現代音楽の演奏と同じ関係です。どう解釈しようと
それは個人の勝手なのです。
逆に言えば、作曲家の言動で決まるもの、と言ってもよいのです。