545へ。20世紀前半をアジアの中で比較してどうする。
比較すべきものがない。1950年代で考えてみてくれ。前
にもいったように芸大のレベルは今の台湾のレベルにも達し
ていない。亡くなった岩城氏がその実態を各著書で語っている。
何も教えるべきテクニックがなかったと。当時のレコード録音
を聴けばわかる。もし、斎藤秀雄が存在せず、桐朋がなかったら、
60年代からの世界コンクールに入賞する逸材はほとんど出
なかっただろうし、世界中のオーケストラに進出する人材も多く
出なかったはずだ。桐朋があったがために芸大もライバル視し、
いい意味での競争関係が生まれ、その他の音楽大学にも波及して
いった。人間性を含めて斎藤秀雄のすべてを評価するものではな
いが、我々が今のレベルのオーケストラの存在は彼の貢献もある。
山田耕作や近衛秀実磨も日本の音楽界に貢献したことは間違いない
が、オーケストラ界への影響は彼のほうがずっと大きい。2011
年のレベルを仰ぎ見ると表現するかどうかは人によって違ってくる
のはわかる。仰ぎみるといったのは、1950年代のオケのレベル
と2011年のレベルを比べたらということだ。当時「春の祭典」
なんかやろうとしたら一大事だったが、今は普通に定期に入ってい
る。当時のオケには、軍隊上がりのラッパ吹きでもすぐ採用される
レベルだった。これを仰ぎ見ると表現するかどうかは個人の自由だ
が、レベルが違うということだ。実際、当時の新響のオケマンが天
国と地獄と表現していた。最後に、現在の桐朋が当時の力を持って
いないことは事実だろう。指導者のレベルが下がったり、周囲の音
大が力をつけてきた。(私は桐朋シンでもなく小澤シンパでもない)
最後に、カラヤンの助手どまりの件について。確かに指揮者につい
ては、各国の人口比率からいって超一流の指揮者(小澤レベルの)
は出ていない。持論だが、指揮はならって成長するには限界がある
分野。