ここに入らせていただきます。斎藤秀雄がいなかったら桐朋学園もなかったですね。ところで1950年代の芸大のレベルは故岩城宏氏が語っているように最悪だった。(教授は当時のプロ野の楽員レベル、西欧で実績もない)もし、彼が存在していなかったら、
クラシック界は今のレベルに到底達していない。世界中から日本のオケを振りに来る指揮者もいなかっただろう。斎藤秀雄を人間的にも芸術的にも批判することはたやすい。しかし、1920〜1950年代の日本のクラシック界(不毛の地に近かった地点)から
みれば、2011年の日本のクラシック界は仰ぎ見るようなレベル。口ではなんとでもいえるが、このレベルにまで到達するまで、おびただしい数の人間が、血のにじむような尋常でない努力を積み重ねてきているという事実も忘れてはいけない。