わぁ…それらのレスだけ見るとそのお方たちは19世紀ロシアの社会主義者たちにもひけを取らない進歩主義集団なんですね。

それに関連して思ったのですが現代の録音技術の向上はあきらかに古楽復興運動(もはや死語かもしれないけど)に純粋に音響的な意味でも商業的な意味でも多大な貢献をしたと思います。
つまり古楽器録音における音質向上はブルックナーの交響曲録音における音質向上よりも多く聴き手に対して音楽のより鮮明な伝達を促すと思うのです。
平たく言えば古楽器の音色は繊細なので、
たとえばその「ピリオド楽器と対極に位置する人たち」のブルックナー(一応断っておくと自分はそのようなものを全然聴いたことはないので憶測だけど)よりも多くの録音技術の繊細さを古楽器は必要とする。
それにたとえそれが何千回も繰り返し演奏されてきたブルックナーの交響曲コンサートだったとしてもやはり古楽の新曲レパートリーで固められたコンサートのほうが商業的に言って不利(だった)なわけで、
そこでもやはりコンサートという聴衆と演奏者の間に共時性や既知性を要求するものより、
いつでも聴いて馴染める録音のほうが入り口=普及の手段としては最適だったと。
ついでに言えば古楽はブルックナーよりも演奏者と聴衆が分業されていないことが多い…戯言は以上です。