ユリアンナを応援したいのはわかるけど、
ここのひとたちは相変わらず性格悪いなあ。
上からだし。好みはともかく、偉大な音楽家として評価されている人たちを
ユリアンナと比較してどうのこうのとか。
なんでそんな風に常に順位をつけたいのかな。
そういうファンの態度が、ユリアンナ自身の格を傷つけることになるって、
もう少し自覚したほうがいいよ。
もっと圧倒的な賛辞がほしいんだろうけどな。まあかわいそうかな。

ある音楽家は、優れた演奏とは「飛翔」であると語っている。
作品と一体化し、今ここで作曲したような
驚きと感動に包まれながら演奏する・・・だったかな。
「楽譜にとらわれているうちは、ほんとうによい演奏とは言えません」と。
ボジャノフが審査員たちから賞賛されるのはなぜか。
ユリアンナに多くの人が違和感を覚えるのはなぜか。
ここは避けて通れない問題だと思う。美しいからいいとか悪いとか、アクが強いから云々とか、
そういうことじゃないんだよ。
とくにショパンの演奏に際しては、「即興性」=今ここに生まれ出たような音楽、とか、
「cantabile」だとかは重要。
あちらこちらで、ピアニストとしての腕は認められながらも、自然でない、歌うことを忘れている、と指摘されていることは
見逃せない。
steelだのstoneだのといった言葉を並べられてしまうのも問題。

楽譜楽譜と言い張る人(たち)は、いったい音楽の価値をどうとらえているのだろうか?
なにを勘違いしているのか、「美しいだけ」の音楽を必死に否定したがっている人が
いるようだけど。ものすごい大味な音楽の聴き方するんだなあ、と。