>>705
当時のヨーロッパの楽壇において、メンデルスゾーン姉弟に匹敵する
音楽的教養を身につけた音楽家は存在しなかった。
たとえばバッハの伝統にしても、この両者の母方の家系を通して
直接関係している。大伯母ザーラ・レーヴィはJSバッハの長子WFバッハの
弟子にしてチェンバロ奏者であり、JSバッハの第五子CPEバッハのパトロンであった。
母レーアもJSバッハの弟子キルンベルガーに師事したピアニストであった。
マタイ受難曲のスコアもザーラから姉弟に与えられたものであり、
その初演に際しては姉弟は完璧に暗譜していた。(三回目の演奏は二人の
師のツェルターが指揮を行ったが、ツェルターが暗譜していなくて散々で
あったことがファニーの手紙に残されている)。当時バッハを最も良く理解していた
ツェルターよりもバッハを理解していたということ。

まあとにかく、このような高い教養と実作とが融合していた作曲家は
19世紀のヨーロッパにおいて、後にも先にも存在しなかった。
「天才的」作曲家は、他に沢山いたけれどもね。

だから、一見「わかりやすい」無言歌の構築性をはっきりと理解できた
人物は19世紀のヨーロッパにもおらず、現在も未解明部分が多いということであろう。

モシェレスについては、このメンデルスゾーンの古い友人であり、
生涯の友であった。フランス人グノーに「ファウスト」を教えたのが
ファニー・メンデルスゾーン・ヘンゼルであったように、
モシェレスを通してバッハの精神をショパンに教えたのが
メンデルスゾーン姉弟であったとしても何の不思議もない。