モツの晩年ってドル箱の協奏曲演奏会は閑古鳥で交響曲演奏会もイマイチ、ダ・ポンテ以降の
オペラもパッとしないで日銭稼ぎのコントルダンスがやたら多い。レクイエムが久々の「大きな」
仕事ってくらいかなり落ち目になりかけてたからどうでしょうね?すでに時代遅れになりかけてた
感も・・・・・・。このまま落ちぶれて、忘れられた作曲家になってたんじゃなかろうか?

メンデルスゾーンは明らかに才能が枯渇してた感があるんだな。このまま作曲断念して
バッハの作品校閲と指揮者活動に重点おいて、若いとき作曲もしていたロマン派以降最初の
偉大なバッハ演奏のオーソリティにして19世紀最大の指揮者とかになってたかも。