ラヴェルはローマ賞に3回応募し、4回目は30才の年齢制限により受付を拒否されてる。
まあ、本人は本当にローマ大賞を手にしたかったんだろうと思うんだけれど、
では首尾良く受賞しイタリアで数年の留学生活を送って来たとして、
じゃあその五のラヴェルの作風がどうなっていたか? 少なくとも
今我々が耳にするラヴェルの音楽とはいささか違ったものになっていた
だろう事は容易に想像が付くよね。

しかし、コンセルヴァトワール側はラヴェルの事を異端的だとし大賞を
与える事を拒否し続けたと言う話があるけども、具体的にラヴェルの音楽の
何がどう異端的だと判断していたのだろうか・・・。