tubeの「キエフの大きな門」聴いて、なかなかの演奏だったが、これに対して
「もともと本家と同じように弾くことは不可能なのだから、自編で挑めばよいと思うけどね」
というのは、音楽も編曲もわかっていない見当違いの意見だと思う
山下の「展覧会の絵」というのは、非常に完成度の高い編曲。他のギタリストが独自の編曲を
行ったところで、音や特殊技巧を省略して、流れやバランスを悪くするのがせいぜい
山下を評価するなら、編曲の完成度の高さも認めてやれよw

しかし、山下の編曲も問題があり、「(ラベルの)オーケストラ版のギター編曲」としては、完成度
が高いが、原曲からはかなり異なる点があるという事(ラベル版自体が原曲と違っている)
この点、彼女の演奏は、かなりピアノ版を意識したもので、二番目のコラールやその後の鐘の
響きを思わせる和音をffで始めるとか、またコラールのトレモロを音量をすぐ小さくする事などに
それがうかがえ、また編曲者とは違う独自の解釈を行っているのに音楽的にきちんとまとめて
おり、単に「難曲に挑戦した」というだけではない、「知的な意図」を感じさせる
ラストのラスゲアードなども山下とは違っているがかなり面白い弾き方をしていると思う

このように、編曲者とはかなり異なる解釈をしており、それによってさらにこの「編曲の完成度の
高さを再認識させる」という意味もあり、彼女がこの編曲を演奏する意義は充分あったと言える