タイトルのおかげで興味を持てた曲なんていっぱいあるし、
そういう意味ではタイトルの存在に感謝している。
問題はその後だと思う。
その曲を聴き込むにつれて、どれだけ自分の耳をタイトルという束縛から解放できるか。

例えば、チャイコフスキーの悲愴を聴く時に、「悲愴」という言葉を念頭に置きながら
聴くことによって見えやすくなる部分もあれば、逆に見えにくくなる部分もあるということ。
「悲愴」というタイトルから距離を置いて鑑賞することによって、
あの曲の中に(悲しさ以外にも)どれだけ多くの種類の感情が織り込まれているか気付きやすくはなる。のかも知れない。