◆◆◆◆ブルックナー総合スレッド第7楽章◆◆◆◆
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0536maku
2011/09/19(月) 23:00:31.57ID:44nqRgcLとっておきの話?と素直に思い返すと雑多なことが浮かびます。だから多分とっておきというほど
の持ち合わせはないですねw
でも強いて一番印象深いのを思い起こせば学生の時、90分テープの片面にシンフォニーを録音してて、飽きた後
ウェーベルンの室内楽を30分くらいその上に録音して聴きました。
ウェーベルンを聴き終わると、シンフォニーの途中がいきなり始まるわけです。
天地が裂けるような、と云えば明らかに大げさですが
「エー、この交響曲はこんなにスケールがデカいのか、これほどの広がりをもつ音楽なのか」
その交響曲を通しで聴いた時決して聴いたことないようなものを聴いたことです。
通しできくと、感覚がその交響曲に慣れて、弛緩してしまうのか。
音楽に乗るといろんなパーツを振り落としてしまうのか。
カラヤンのブルックナーがクレンペラーの演奏を下敷きにしている形跡は感じませんか?
晩年にカラヤンがヨガを会得しようとしていたこと、チェリが禅に近づいたこと
双方とも多分動かない心が欲しかったように思えます。
クレンペラーみないなwうどの大木、トウヘンボクといわれるようなw
音楽を演奏している最中でも鮮烈で強固な感覚が欲しかった。
と思えるのです。
私は新しい演奏に「乗ってやるもんか」とは云いませんが、楽曲自体それに近い飽きがあるのです。
クレンペラーは、そんな私もハッとするような表現力を湛えている。と云えるでしょうか。
駄文御免
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