しかし、こんな「お墨付き」を感じることができないと音楽に関わることが出来ないのだろうか。
内なる自分と対話すればいいのに。音と向き合えばいいのに。
世の中におけるギターやギター奏者の存在意義を考えたところでどうにもならないよ。凡人にはね。
こういうのは常に自分自身の問題であって他人がどう見るとかは関係ないんだけどね。

あと、少し勘違いしている節があるので、書いておくけれど、音楽大学生やプロでも、
管楽器は中学校入学以降に始める場合が多いので、ソルフェージュやピアノを苦手とする人が多い。
同じ理由で作曲にも結構そういう人がいる。(有名なところでは武満やクセナキス。他にも、シューマンやチャイコフスキーは、ピアノは弾けたが絶対音感はなかったらしい。)
しかし作曲はずば抜けて優れているのもいる。
そして、興味深いのは、必ずしも専門(管楽器や作曲等)とソルフェージュ能力が分かりやすい形で比例しているわけではないということだ。
勿論、あまりにも音感が悪いと話にならないけれど。
ピアノや弓弦楽器にもソルフェージュが苦手な人がいるしね…。不思議と。
才能が表れるきっかけってよくわからないんだよね…。