生派の方は1人でホールにゆくのですか?
連れ合いの方がいて、制約された時間にホールに移動して、周りにむさ苦しい客が居たりしても「音楽」に集中できるのですか?
私には無理ですね。

私はモーツァルトを聴こうとする時、世俗との一切を絶ちます。
アンプに火を入れ、待つこと1時間、弦楽器の音、ピアノの音と「その日のスピーカーの機嫌」を確認し(だめなら、ここで止めます)、「どうぞ…」と言われたら、出てくる最初の1音に全神経を集中させます。
あとは………

すべてが脳裏から消え、モーツァルトに身を任せます。

他にはあり得ない音の流れ、精妙極まるリズムの多様性、まさに「涙が追いつけぬ疾走する哀しみ」を体験するのです。

そう、体験するんです、モーツァルトは。

「モーツァルトを思い出すことなど出来ぬ」とは、そういう事なのです。