レクイエムは「ベーム/V.P.O(洋盤LP.SACD.CD)」の他はいるまい(シューリヒトは無視出来ないにしろ)、と半年に一度ほど、好きな「怒りの日とラクリモーサ」を繰り返し聴いていたが、どちらかと言えば…
モーツァルト魅力の源泉である『凶暴な美』を前者に『美に昇華した慟哭』を後者に聴いていた。

『k,183・1楽章』、17才でこんな音楽を書き上げてしまったモーツァルトの生涯、35年でも長かったはずである。モーツァルトには天才すら「容易」と感じた瞬間がなかったと言えるだろうか?

「ベーム/V,P,O」に、その『ラクリモーサ』に、天才からの解放を、神に召される魂を私は聴く。

私には「過ぎた」音楽であることだけは確かである。

もしもの時はお経はいらない、とすでに家族には話している。

「内田/テイトの k,488・2楽章」「シフリンの k.622・2楽章」に加えて「アーノンクールのラクリモーサ」も加えてほしいな、と今夜おもっている。