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当り前過ぎて意見するのも憚られるが、その対決はいわゆる出来レースだった
当時根強い人気だったイタリア語オペラのサリエリ、まだ実験段階だったドイツ語喜劇のモーツァルト
この競演や題材を提案したのは皇帝自らであるが、当の皇帝は1783年にドイツ国民劇場を閉鎖し
イタリア語オペラに熱を入れている最中だった

そもそもハプスブルク家の人間はモーツァルト一家を快く思ってなかった
「ティトゥスの慈悲」に向けて言い放った「こんなものはドイツ人の書いたゴミ屑」
を持ち出すまでもなく、ハナから差別意識があった
その原因はいくつか挙げられるが、
宮廷音楽家の職務をないがしろにして旅をしていた親子を本心では快く思ってなかった、
レオポルトが身分をわきまえず皇帝に直訴したことがあった、
マリア・テレジアの音楽教師だったハッセのオペラをモーツァルトのオペラが打ち負かしたことなど