もちろんバッハの対位法への傾倒が当時時代に逆行していたのは紛れもない事実だと思いますよ(もちろん流行の様式ということそのものに価値があるかどうかは知りませんが。)
ただ流行の様式に逆行することが必ずしも単純なものへ向かう方向性を持たないという点は興味深いですねすなわちフーガの技法のような作品が時代遅れだったというとき当時古臭いスタイルだったという意味と同時に複雑すぎるという意味もあった。
>>640の人が言うように西洋音楽はルネサンスで頭を使う多元的な音楽を極めた後、バロック(と今分類されていrる時期)に入ってからその複雑さを和声という柱でまとめて束ねる様式の言語を覚えた。
それはバロック前期からバッハの時代から古典派からロマン派からロマン派後期まで(新ウィーン楽派まで)ずっと続いて最終的には和声が自重によって破綻するところまでその役割を強めていった。
その間バッハが掘り返される事例といえば19世紀入ってから対位法好きのM青年とかドイツロマン派を掲げる音楽家によってバッハのどちらかというと精神的存在そのものが照会元にされるぐらいなわけですから
(昔のバッハ演奏が相対的な意味以上にロマンチックな解釈をされていたのはそのためだと思います)