「いいかげんな人」
そうかもしれませんね。人様が絡む事についてはそれは許されませんので、あれこれ苦労はしてきました。
しかし、自分の中で自己完結できることは「本能的に或いは直感的に」処理していました、少なくとも最近までは。
昨夜は思考のたがが外れ言葉が暴走してしまいましたが、年齢的にもそろそろ娯楽もいいかな、と思っている今日この頃ではあるのです。ピアノを弾きはじめたのも何とかの手習いですし。実にいいものです。
未開封の10組ばかりのオペラボックス盤も娯楽のつもりで購入しました。ワグナーはショルティーの指輪全曲盤他、一応数度聴いてみましたがそれは辛いものでした。
これをあのバイロイトの「俺の音楽を聴け、身動きはままならん」の劇場で聴かされるんですよね。信者でなければ拷問に近いことでしょう。
演出なども多様なようですね。だいぶ以前NHKで指輪の放送をしてまして、ワルキューレのあの有名な前奏曲が流れる中で現代女性が縫い物をしてるんですよ。しかもナチとおぼしき兵隊までも登場。呆れました。
私はそれまで何やら巨大でただならぬものが迫ってくる予感をその音楽に感じてましたから。すぐにTV録画を止めましたね。やはり背景を暗くした孫の演出の方が音楽の相応しい。

やはりワグナーは無明です。魂は「浄化」されない。

一方、モーツァルトはソナチネアルバムにも入っている「K.545」が始まるやいなや心が純化されてゆくのを感じます。