モーツァルトを完全に超えた作曲家
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0628名無しの笛の踊り
2010/06/20(日) 21:13:28ID:GfSS7nevご指摘されたシューベルトの初期、例えば第一シンフォニーはモーツァルト的な明るさ/暗さが良く出てますね。僕の好きな曲です。
でもね、僕はラファが言いたいこともなんとなく分かるんですよ。
逆から攻めますけど、無私でない音楽って言うものの創始者はまず間違いなくベートーヴェンでしょう。
音楽の固有名詞化、宮廷付き音楽家から一芸術家へ、それはつまり古典派からロマン派へって事ですけど、
いかにそれが大きな仕事であったかは、皆さん良くご存知でしょう。
あくまで「それを踏まえたうえで」、無私と言うなら、そりゃモーツァルトは無私でしょう。バッハもね。
けれどそれは倒錯的なんですよ。ベートーヴェン以降の音楽家達が成した事(無私にならないこと、我を出すこと)がいかに偉大で巨大だったか、
その大きさを転倒させることで、逆にその分だけモーツァルトが「無私」に見えるんです。
だから「モーツァルト」を指して無私と言ってるようじゃ浅い浅い。
それは、モーツァルトの孤高性、純粋性を言っているようで、転倒したベートーヴェン賛に過ぎない。
では敢えてロマン派の「我」に抗して、(モーツァルトに限りませんが)本当の意味での「無私」を表そうとするにはどうすればいいのか。
それはもうただ聞くことと、演奏することだけなのではないでしょうか。
ただし、決して言葉にしてはいけない頷くだけで良い。
作曲家の「名」を「語る」ことは、ロマン的な音楽のあり方なのですから。
ただ、もう好みなのでしょうね。僕はロマン派を愛しますから「敢えて抗そう」とは全く思わないので。
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