りんごの成分を分析すれば、それは成分についての分析でしょ?
りんごの味を分析すれば、それは味についての分析。
りんごの味そのものは、リンゴに対して味覚という態度をとる傾性の(存在者じゃなくて、
あくまで傾性と慎重に言っておくが)、リンゴ全体性に対する一分析。
その分析をさらにりんご全体性に帰さしめるのは、りんごという現象に対して態度をとっていた
なまの傾性の、理念的りんごへの射程決定と志向先の決定。

後者、つまり志向先とは、なまのままのリンゴ体験から得られるノエシスが、りんごが
概念的でなく現象として把握されることで、現象面しか志向できず、その現象面を
分析することで、分析をさらに「私からりんごへと」志向し、
つまり分析からの概念的りんごを作り出す、その先のこと。

この論理はモーツァルトの音楽や「時間はなぜ進むのか」といった晦渋な問題にまで応用可。


>>171

kyrie専用スレ
http://jfk.2ch.net/test/read.cgi/classical/1200976777/

kyrieブログ
http://16428.l-3-l.me/1268819524/
↑これをみても納得しないのか?

得意になって俺に向けた愚問が、鮮やかに批判されたからって、俺を叩くなw