日々練習していてある程度の曲が弾けるようになると、
もっといい曲を、すなわちもっと難しい曲を演奏できるようになりたいと思うものです。
お手軽に弾ける簡単な曲は、やはりそれなりの乏しい愉しみしかありませんから。
鑑賞するにしても演奏するにしても、芸術性の高い良い音楽を経験すると、
もっといい音楽を欲するようになります。
その経験の繰り返しが「上達」であり、鑑賞でいえば「耳が肥えてくる」というやつです。
だから、芸術性の高い良い曲を鑑賞したり演奏したりするには「能力」が必要です。
その点、「クラシックは退屈だ」などという風評を垂れ流し、
ろくすっぽ練習もしない、「上達」とか「肥えた耳」などとは一切無縁の、
無知蒙昧な一般大衆の「感性」や「能力」ほど、当てにならないものはありません。