分離して考えるのが難しい問題です。
イタリア音楽とフランス音楽の様式的な対立と、
イタリアとフランスの政治上の対立が複合して激化したと思われます。

@フランス音楽の美学上の優位性⇒フランスの優位性の証明
Aイタリア音楽の美学上の優位性⇒イタリアの優位性の証明

(@とAは便宜上の番号で、優位を示しません)

最初は音楽問題だけを扱っていた人々も、次第に周囲や背後の人々、
つまり、政治的に問題を扱う人と結びついて問題点が混乱し、
逆に、政治上の対立を行っていただけの人も、口実として
音楽様式や美学を引き合いに出すようになった、
と、考えられます。

詳細を知りたい場合は大き目の音楽事典や、
グラウト・パリスカの音楽史などをお読みになると良いと思います。