>>485
> ところで正規のピリオド奏法とはどんなものですか?
> 491の見解は。
学問的に、研究的に奏法が間違っているということはあるが「正しい」奏法というものはないでしょ。
(だから「」づきで「正しい」と表現してたのですがね)

むしろ「正しい」とか「本当の」とかいうことにこだわっているのは内藤でしょう。
そうであれば内藤の「正しい」ピリオド奏法なるものが何に担保されているかに関心が向くのは当然でしょう。

よく内藤はスコアについて解釈を垂れるが、いくらそれがクリティカル・エディションだとしても、
スコアを読んでれば突然、ピリオド奏法が会得できるなんてことがあるわけない。

そうなると自身が古文書、古書籍を読んで実際に研究するなり、研究書、論文を読むなり、
大学で古楽奏法を学ぶなり、あるいはアーノンクールや、ブリュッヘンに師事するなりするしかないわけだ。
(アーノンクールやブリュッヘンを挙げたのはあくまで例示に過ぎない)

ところが、彼の著書やらブログやらからすると、そういうところが全く見えてこない。
以前ブログでも指摘されていたが、それどころかそういった研究動向すら知らないように見える。

そうなると内藤の「正しい」ピリオド奏法なるものはもの凄く胡散臭い。
人の受け売り、モノマネ程度の、担保がまったくない、インチキに見えてくるのは当然。
受け売り、モノマネで「正しい」奏法を楽団員にレクチャーできるほど、ピリオド奏法は簡単なものじゃないでしょ。