何を言う気力も無い


前回「主観と客観」について述べた。実は 1/7 佐伯周子リサイタル の前から気になる件があったので、本日は書き記す。
指揮者 内藤彰 のブログ
は私高本が覗いているブログである。
 ここが年末に「ブログ炎上寸前」になった。
発端は大晦日のブログ

である。この日以降のブログのコメント欄を見て頂ければ、その残骸のすさまじさの一端を感じ取って頂けることだろう。
「ブログ炎上」を意図するヤツは根性が悪い。その根性うんぬんを別にして、論点を私高本なりにまとめてみると、以下に要約される。

1.指揮(演奏)は主観だけで良いか? 客観が必要か?
2.使用楽譜は「新しい原典版」が必須か? 否か?
「3.新しい演奏法」は必須か? 否か?

 この3点は、ベートーヴェンに限らず(シューベルトに限らず)、「21世紀の演奏家」が避けては通れない関門だと感じる。
 内藤彰の主張は以下のようだと感じる。

1.指揮は客観が必須。客観の根拠は全て「ベートーヴェンオリジナル」
2.演奏家たるモノ、「新しい原典版」研究は必須
3.「新しい演奏法」は、「ベートーヴェン当時と照合」が最善

である。言っていることは至極まとも。これが何で年を越して「ブログ炎上寸前」まで行ったのだろうか?