今のような地震被害、原発事故の重苦しい時は、リヒターの1979年盤は心に染み入る。
極限状態に近い状況では、古楽器のセカセカはふさわしくない。

そもそもマタイは、人の罪の身代わりとしてのキリストの受難という重い内容だということを、リヒターの1979年盤マタイで改めて認識した。