苦手な曲を書くと皆がその魅力を語ってくれるスレ4
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0866858
2011/10/02(日) 18:02:27.69ID:1Fvfd0Knなるほど。
もはやここに来ると、ヴェルディは、「美しい」アリアなどに頓着しない。
そういうものは、私の言葉で言うと、「扇情的なだけの音の連なり」であって、
音楽ではない、ということでしょうか。
確かに言われてみれば、「五月の晴れた日のように」とか、「私のお父さん」とか、
「私は芸術の賤しい僕です」も、リリックなだけで、歌の本質を突いていない、と
なってしまうのかな。
イタリアオペラにはどうしても「歌」をもとめてしまうんですよね。
ドイツオペラ、たとえばワーグナーの楽劇に接するような心持で聴けばいいのかな。
こうしてみると、ヴェルティは晩年になって、その尊敬の対象であった
ワーグナーの書法をも、ものにした。
それゆえこの作品は、イタリア音楽の楽理性の、哲学的昇華にまでなっていると。
こう聴くのが正しいのでしょうか?
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