>>798
どうもです。

ふと考えるに、フォーレの晩年は、いろんなものをそぎ落として、
それぞれの作品が個々に彼岸を、あるいは暗黒の淵を覗き込んでいるような、
研ぎ澄まされた、ある意味この世のものとは思えない恐ろしい、孤高の存在に
なっている。中期まではもっと俗だった気がする。

弦楽四重奏も、彼にとっては「ついにピアノもそぎ落としたぜ」という
位置づけなのかもしれない。けれども、弦楽四重奏に出来ることを
考えると、晩年だけにフォーレの弦楽四重奏があるのは、もったいないのでは
ないか。中期だったら、たとえばヴァイオリンソナタ第一番の無窮動の
ようなスケルツォ楽章。ピアノ四重奏の緩徐楽章のように荘厳で夢見がちで
ドラマチックな緩徐楽章。終楽章のロンド主題は、フォーレの常道からいけば
せきたてるようなピアノの勢いが必要な気がするが、たとえば「ロザムンデ」四重奏の
終楽章のように、優しいロンド主題だったら、「ドリーの子守歌」のような
ものだったら、フォーレも弦楽四重奏で書けるのではないか。

と、考えると、中期に弦楽四重奏を書いてくれた方が、少なくとも
聞きやすい、演奏されやすいものが残ったのではないか?
でも、第一楽章のイメージが、イメージできないんですね。
「こんな感じ」というのがありますでしょうか。あ、スレ違いになりますね失礼。