高い演奏技術をもって楽譜に忠実に演奏されたものに対して、「精神性に欠ける」
などと批判してきた一部の批評家とその信者のお陰で「精神性」という言葉が
誤解されてきた。そのため精神性など下らない、演奏解釈には不要という反動も
生まれた。これは言葉を巡る誤解の応酬に過ぎない。
本当はトスカニーニであろうとカラヤン、ショルティ、ブーレーズであろうと、
その演奏にはそれぞれの精神性が反映されているのであり、チャンスオペレーション
だろうが、電子音楽だろうが同様である。