アク禁くらってました

>>524
私の「今日、優勢なジャンルでは有効性を失っている」という判断が間違っているという指摘ですね。
表現の詰めが甘かったと反省して、修正します。
四六の和音の禁則が成立した頃と較べて、音楽の幅が広がり、
この禁則が特定のジャンルに対してしか意味をもたなくなった、ということで。

私の>>513
>四六の和音を避けるというのは、もっともどうでもよい禁則の一つであるとか。
は、今日かなり劣勢になったジャンルでのみ意味をもつ禁則であるという認識で書いたものです。

>>530
>全く意味を解ってるのかなって思うよね。
まったくその通りで、
そういう解釈が出てくる原因を私は数字つき低音に求めたわけです。
なぜ数字つき低音が出てくるのかというと、
それがラモーが根音を発見する前、低音の旋律を基準に分析することから生まれたこと、
主旋律と通奏低音だけの曲では、必然的に六の和音が頻出することを念頭においていたからです。
聞くところによると、フランスの和声学ではジャンルに関わらず低音に数字を振る分析がよくされるそうですし、
クラシックの人は通奏低音の考え方が深く染み付いているのではないかと考えてました。

結論としては、四六の和音が取り立てて特別なわけでなく、他の和音と同じく、置かれた状況によって様々な使われ方をする。
それを
>響きが悪いとか、不安定であるとか、解決を必要とする
などと説明するのは、単なる無知だということになりますか?