みんなが知っている有名な曲だから。好きな曲だから。かっこいい曲だから。
そんな基準でクラ編曲するとたいてい失敗するよね。
結局、選曲眼と編曲者と指揮者と演奏者を選ぶということでは。
オリジナルでも、それは同じなわけだが。

>ただ今の時代に敢えてマンオケでクラ編やるのはどうだろう?
ぜんぜんそうは思わない。
クラ編の話になるとなんでオケ(原曲)との勝ち負け議論になるかなあ。
代替品としてしか見ることができないの?
どんだけオケに引け目を感じているんだか・・・
固定観念強すぎ。

勝ち負けなのか? 
たとえば、有名どころでムソルグスキーの「展覧会の絵」の
ピアノ版とラベルのオケ編は勝ち負けなのか?
それぞれ違った世界が見えるからおもしろいのでは?
そこには勝ち負けなんてなくって、そもそも別世界なのでは?
そんな興味深い編曲はピアノの世界でもオケの世界でも室内楽の世界でも
山のようにたくさん好事例があるわけで。

だとしたら、マンドリンオケに編曲することで違った世界が出現する選曲と編曲をすればよいだけの話だと思う。
単純な話じゃないか。

まあ、タコ5はないわな。まだ聴けそうなのは2楽章の一部と3楽章の一部くらいか。
「好きだから」「かっこいいから」で選んだんだろう。
編曲者も引き受けて欲しくなかったなあ。