最後の行についてなら同意できるというか、当然というか。
この人、部分的には同意できても論理がワープするからいつも納得できないんだよな

マタイ受難曲を、歌詞等の意味を排除した“音楽”として価値を見出して人がいるなら
それはそれでいいと思うが、同曲が受難オラトリオの傑作であり、
キリスト教音楽の傑作であり、声楽曲の傑作でもあること、
それらに心動かされる経験をした人は“音楽”的に捉えるなんてもったいなくて考えにくいことを、
頭の隅にでも置いて頂きたい。

とりあえずシュッツのマタイ受難曲を聴いてほしいな。
退屈でお経にしか聴こえないと思うかもしれないが、その曲が評価できる聴き方もあるのです。