>>542
>>429さんが書かれていることと、貴殿の受け止め方が
若干違うと思うので補足。

たしかに、古典派以前の貴族たちは演奏が達者だった。
フリードリッヒ大王とかは、その典型。
で、たとえばバッハのトリオソナタと、ハイドンの弦楽四重奏の
第一番(狩のようなメロディ)を聞くと、圧倒的に前者が
マニアのための音楽であることがわかる。

ただ、>>541が指摘しているのは多分、古典派のあとも
楽譜を演奏するのが(マニアな)貴族から(下手な)ブルジョワにかわった
だけで演奏家向けに音楽が書かれていたということで、
19世紀もこの傾向が続いたのは546に示したとおり。

で、>>429が指摘しているのは多分、>>546的な分類でいうと
「劇場に聴きに来るお客さん」のこと。この人たちは、中には
楽器が弾ける室内楽愛好者もいるだろうけど、
全体としては、大衆的なオペラを、あるいはパガニーニやリスト
といった感じの名人芸を期待して舞台を見に来ていた。

古典派後期という時代は、上記のいろんな状況が共存している時代なのだと思う。

モーツアルトでいえばわかりやすくて、
・直接の雇用主のためにセレナードやディヴェルティメント、教会ソナタなどを書いた。
・弦楽四重奏をはじめとする室内楽を出版し、遠隔地のブルジョワに売った
・ピアノ協奏曲やオペラを、自分のコンサートや公演のために書いて大衆受けを狙った
この3つの「お客さん」がある。
ベートーヴェンは、最初のお客さんについては早々に消えてしまったという次第。